アノオト

2014.03.17

「ギークガール」の次は「ギークマム」!? ―テクノロジーと女性の新しい結びつき方

140315geekgirl

ここ数年、「ギークガール」という言葉をよく目にするようになりました。コンピュータやインターネットを自在に使いこなし、アキバ属性を備えているだけでなく、ファッションに対する感度も高く、自ら積極的にソーシャルメディアで情報発信をおこなう文化系女子、といった意味合いでしょうか。

でんぱ組.incをフィーチャーしたムック『ギークガール』の発売が2011年。その後、女性雑誌の中で、例えば「ギークガールの部屋時間ファイル」(『装苑』2012年5月号)、「スマホ・PC・タブレットetc. みんなのデジタルライフ♡」(『Hanako』2013年3月28日号)、「おしゃれGEEKガーリー」『ViVi』2014年2月号)といった特集が散見されるようになりました。ただ、最近になるほど裾野が広くなって、ガジェットを自分らしく使いこなしている女子、あるいは個性派のファッションオタクのような意味で、ずいぶんカジュアルに使われるようになっています。

それに対して、英語圏では(たぶん「リケジョ」という日本語と同じようなニュアンスで)ずいぶん前から使われていたようで、2010年にはWired.comGeekMomというブログが開設されました(※現在はWired.comから独立)。そして去年の秋、このブログから生まれた書籍が翻訳されていて、これが(男性が読んでも)とても面白いんです。

Natania Barron、Kathy Ceceri、Corrina Lawson、Jenny Williams『ギークマム ―21世紀のママと家族のための実験、工作、冒険アイデア』堀越英美、星野靖子訳、オライリー・ジャパン、2013年

消費と直結しがちな日本の「ギークガール」とは一線を画して、DIY(Do It Yourself)の精神があふれています。

この本のなかで紹介されているアクティビティには、まるで料理レシピのように、「かかる費用」、「時間」、「対象年齢」、「難易度」を示すアイコンが記載されています。例えば、スピーカー(スマートフォンでも可)の入った箱の上に塩をまくと、音波が視覚化された模様(=クラドニ図形)が現れるという実験。「神の指紋」とも呼ばれるクラドニ図形については、YouTubeにいくつも実験動画が投稿されていて、自宅で再現するのは難しそうに見えるのですが……

[youtube http://www.youtube.com/watch?v=wvJAgrUBF4w]

本書には「家にあるものを利用すれば無料」で、「30分」程度で「かんたん」につくる方法が紹介されています(適切な容器を見つけるのは、ちょっと厄介ですが)。

この本が興味深いのは、単なる親子工作のマニュアルではなく、科学やゲーム、ガジェットなどに対する趣味や嗜好を子育てに応用しようという、デジタル社会に適応した新しいライフスタイルの提案をしていることです。「子どものための安全なネットコミュニティの見分け方」、「子どものための簡単ウェブサイト作成入門」、「子どもと懐かしの名作ゲームで遊ぼう」といったエッセイが並ぶ一方、デジタルメディアのリスクに対する目配りも抜かりがありません。幼児とテクノロジーの関わり方を考察したエッセイの横には、「ギーク・ママ公認 幼児向けゲーム&アプリ」の紹介も。

日本の家庭には馴染みにくそうなネタも少なくないですが、「電子部品でギークなビーズアクセサリーを作ろう」というアクティビティは、「テクノ手芸部」が展開しているワークショップを思い起こします。また、「デジタル機器ケースを布で自作しよう」というアクティビティは、冒頭で述べたような、日本の女性雑誌が扱う「ギークガール」のトレンドとも相性が良さそうです。

日本で「ギークガール」と呼ばれている女性たちは、若年層ばかりでなく、30代女性も少なくないようです。90年代なかば、それまで男性ビジネスマンの利用を前提として普及していたポケットベルや携帯電話を、プライベートな文字コミュニケーションの道具に転換させた少女たち。通信端末をカスタマイズする習慣が生まれたのも同じころで、自分で絵や文字を書き加えたり、シールやプリクラを貼ったりして楽しむようになった革新的な世代です。現在、「◯◯女子」という言い方や「女子会」に代表される女子文化は、年齢や立場が不問とされているのが大きな特徴で(馬場伸彦・池田太臣編著『「女子」の時代!』青弓社ライブラリー、2012年)、「ギークガール」も例外ではないようにみえます。したがって、「母」という立場に限定された「ギークマム」という言葉自体は定着しないかもしれませんが、この世代の女性たちが今後、新しいテクノロジーとどのような関係を築いていくのか、目が離せません。

この記事をかいた人: 飯田豊

立命館大学産業社会学部准教授。1979年広島県福山市生まれ。専門はメディア論、メディア技術史、文化社会学。メディアの技術的な成り立ちを踏まえて、これからのあり方を構想することに関心があり、歴史的な分析と実践的な活動の両方に取り組んでいます。編著に『メディア技術史 ―デジタル社会の系譜と行方』(北樹出版)、共著に『ヤンキー文化論序説』(河出書房新社)、『IT時代の震災と核被害』(インプレスジャパン)など。