アノオト

2013.11.25

ジョン・ケージの4分33秒。音楽とその他の音楽。

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誰かと音楽の話をする時、大抵は「どんな音楽を聴いているか」という話になるでしょう。「どこで音楽を聴いているか」という話をするケースは、おそらく少ないと思います。

ジョン・ケージの4分33秒。ご存知の方も多いと思います。楽譜には休止しか示されておらず、ひたすら沈黙、無音の音楽のことです。通称は4分33秒ですが、正式名称は「」(空白)で、演奏者の演奏時間によって決められます(初演の時の演奏時間4分33秒が現在までの通称となっています)。

ジョン・ケージは無音というものにこだわり、演奏会場、その環境で聴こえる雑音、自然音、すべての音を聴くためにこの曲を作曲したとされています。

無音

私たちは常に何かしらの音に囲まれながらに生きています。ジョン・ケージのこの曲はそのことを再確認させてくれるものでもあります。ジョン・ケージ自身、無音を求めて無響室に入ったことがあるそうですが、そこでも、彼は血流をはじめとした自分の体内の音を聴き、絶対的な無音などないと言っています(両手で耳をふさいでみても似た感覚は味わえると思います)。

つまり、私たちは必ず他の音(雑音?)を聴きながら、音楽を聴いているということにもなるのです

少し専門的な話になりますが、マスキングという言葉をご存知でしょうか。マスキングとは、ある音が他の音を聴こえなくする現象のことを言います。簡単に言えば、同じような周波数、同じような音が同時に鳴ると、片方が片方の音を打ち消すようにして聴こえなくなってしまう、聴こえにくくしてしまうこと。セミの鳴き声の中で違うセミや他の虫が鳴いても聴こえにくいでしょう?

低い音の中で低い音が鳴っても聴こえづらい
高い音の中で高い音が鳴っても聴こえづらい

ということ。

音と音は絡み合いながら、相互作用をしながら鳴っているのです(ハーモニーもしかり)。こういうふうに考えていくと、やはり「どこで音楽を聴いているのか」ということは、とても重要なことなのかもしれません。

都心で聴く音楽、山小屋の中で聴く音楽、たぶん、全然違うでしょう。イヤホンで聴けば関係ないじゃないかと言う方もいるかもしれませんが、上で言ったジョン・ケージの無響室体験(体内音)のことを考えれば、音楽以外の音というものはやはり無視できないものなのです。同じ音楽でも、環境によって、人(体質?体調?)によって、聴こえ方は変わっているかもしれません。違って聴こえているかもしれません。

例えるなら、音楽は絵の具で、その他の部分はキャンバス。おそらく、完全なる白地のキャンバスは存在せず、人によって、環境によって、そのキャンバスの色は変わります。キャンバスの色が変われば、塗られる絵の具の色も多少なり変わってくるでしょう。

ジョン・ケージの4分33秒は音楽という絵の具だけではなく、自分たち自身や環境のこと、キャンバスのこと、つまり「その他の音楽」のこともよく考えなければならないというメッセージミュージックなのかもしれません。音楽は内側かも外側からも奏でられている。それらすべてが音楽なのかもしれない。

ではでは。

ちなみに、無響室が体験できるところはこちら(他にも検索すれば出てくると思いますよ)。

ソノーラテクノロジー株式会社
NHK放送研究所

この記事をかいた人: 小形誠

広告制作会社を辞め、音楽の道へ。脱サラ作曲家として、YUKIやTOKIO、AKB48など数々の楽曲を世に送り出す。サラリーマン、シンガーソングライター、作曲家など、数々の経験をもとに、幅広いジャンルで活躍中。