アノオト

2014.08.09

ちょっと懐かしい偉大なミュージシャンを語りたい!世界にレゲエを広めた男「ボブ・マーリー」編

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悲しいときうれしいとき、いつも心を支え、背中をそっと押してくれた音楽。誰しも、忘れられないそんな1曲があるかもしれません。懐かしい音楽、曲、アーティスト、そして、今の時代にも語り継がれている素晴らしい音楽にスポットを当て、ご紹介したいと思います。

8月に入り、毎日、太陽がさんさんと輝き、当たり前ですが夏真っ盛り。そして、この時期、ラジオから流れる頻度が高くなるのが、レゲエ、ボサノバ、ハワイアンではないでしょうか。私はラジオ番組の選曲を担当していたことがありますが、これらのジャンルの曲は、漏れなく選曲していました。だって、なんだか気分が上がりますし、涼やかになりますしね!

そんな訳で、今回はキング・オブ・レゲエミュージック、ボブ・マーリーのことを少し。

レゲエミュージックを知らない人でも、ボブ・マーリーの名前を聞いたことがある人は、きっと多いと思います。また巷ではレゲエの曲もたくさん流れているので、耳にしたことはありますよね。

レゲエといえば、日本でも流行ったものだと、こんな曲がありました。


Inner Circle 「Sweat 」


UB40 「Can‘t help faling love」


Big Mountain 「BaBy I Love Your Way」


Diana King 「Shy Guy」

など、30代以降のみなさんなら、耳にしたことがあるのではないでしょうか。ちょっと懐かしいですね。日本のレゲエミュージシャンだと、若旦那さんMINMIさんMOOMINさんなどが有名でしょうか。

そんな風に、今では、全世界で聴かれているレゲエを世界中に広げたのがボブ・マーリーでした。

ボブ・マーリーは、1945年にジャマイカでイギリス人の父とジャマイカ人の母の間に生まれました。17歳でオーディションに合格し、ソロデビューを果たしています。18歳になると友人とウェイラーズというグループで音楽活動を開始。1974年、エリック・クラプトンがカバーした「アイ・ショット・ザ・シェリフ」が全米1位を獲得。ボブ・マーリーの名は一気に世界に広まることになります。

同じ年にはアルバム『ナッティ・ドレッド』を発表し、イギリスやアメリカのロック雑誌でも絶賛されます。翌年にシングル発表した「ノー・ウーマン・ノー・クライ」も世界的大ヒットを記録。文字通り、レゲエの神様として、世界でもスーパースターといわれるようになりました。

レゲエミュージックは、アフリカ回帰主義、菜食主義、ドレッドなどを象徴としたラスタファリ運動とともに、1970年代に全世界に広まっていったのでした。

ボブは数多く名言も残しています。

自分の生きる人生を愛せ。
自分の愛する人生を生きろ。

彼の歌の内容は、社会への批判なども多くありますが、この世に生を受けた瞬間から、自分を認め、愛しそうじゃないか、ただ人の批判をするのではなく、自分自身がどのように生きるかが大切だというメッセージも込められています。

第3世界のスーパーヒーロー。
魂の代弁者。

世界中に新しい音楽を教えてくれたボブ。
彼の思いは今もラスタの精神とともに語り継がれているのです。

難しいことは抜きにしても、夏を盛り上げ、海でも山でもゆったりと気持ちよいレゲエミュージック。ただただ、その音に身をゆだねてみてはいかがでしょう。

Photo by Luke McKernan

この記事をかいた人: 林美由紀

FMラジオ放送局、IT系での仕事人生活を経て、フリーランスモノ書き。好きなものは、クラゲ、ジュゴン、宇宙、絵本、コドモ、ヘンテコなもの。座右の銘は「明日地球がなくなるかもしれないから、今すぐ食べる」。モノを書く以外にも、イラストレーターと合同でカフェでの作品展示など、形にとらわれない創作活動も。木漏れ日の下で読書と昼寝をする生活と絵本に携わることを夢見て、日々生きています。子はボウズ2人。