アノオト

2014.07.29

プロデューサーズ:vol.2 「僕が関わることで、今までにないものを作れるかどうか」。サエキけんぞう

昨今増えつつある「レコード会社に所属しない」音楽プロデューサーたち。アノオトでは彼らを「独立系」音楽プロデューサーと呼び、その制作スタイルやプロデュース論を追っています。

vol.1はアイドルグループ「BiS」のプロデュースや柴咲コウなどへの楽曲提供でも知られる松隈ケンタさんにインタビューを行いました。

Vol.2となる今回は、ミュージシャン、プロデューサー、作詞家、文筆家であるサエキけんぞうさん。1980年に「ハルメンズ」としてミュージシャンデビュー。1983年からは「パール兄弟」のヴォーカリストとして活動する他、2009年にはフレンチ・ユニット「サエキけんぞう&クラブ・ジュテーム」を結成し、本場フランスでもライブを行うなど、精力的な活動を見せています。

ミュージシャンの活動だけでなく、作詞家として沢田研二、小泉今日子、戸川純、中島愛など多彩な顔ぶれに歌詞を提供。また、モーニング娘。のデビュー曲『愛の種』の作詞、2009年よりアイドル・ライブイベント「TOgether」をのべ50回以上開催、現在ブレイク中の「でんぱ組.inc」の名付け親でもあるなど、アイドルとの関わりも深いことで知られています。

今回はクリエイター/プロデューサーとして第一線で活躍を続けるサエキさんに、現在地点のアイドルプロデュース、音楽制作の現状、日本と海外でのクリエイションのちがい、そしてプロデューサーとしての仕事の移り変わりまで、さまざまなことを伺うことができました。

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現在の「アイドル戦国時代」を作り上げた2つの流れ

現在のアイドルにつながっていく2つの流れが、実はあります。1つは泡沫事務所系のインディーズアイドル、いわゆる「地下アイドル」たちの存在。もう1つは秋葉原系の「歩行者天国アイドル」です。その2つが合体したのが、2000年代後半から末期にかけてですね。

まず、「地下アイドル」の存在は、秋葉原の路上やライブハウスでは、僕の知る限りでは2000年代前半に東京・四谷のライブハウス「Live inn Magic」からはじまっています。そこには、マンションで社長ひとりがやっているような芸能事務所のアイドルたちが集っていたんですね。いつからかわからないんだけど、そのアイドルたちはファストフード店でアルバイトするくらいの給料と同程度には稼げている、という話も聞こえてきはじめた。

僕が隆盛する地下アイドルシーンを改めて発見したのは、2005年に始まる、中京テレビの「ウキ→ビジュ」という番組をやっていたのがきっかけなんです。『秘密結社鷹の爪』の蛙男商会さんなど、クリエイターを発掘する番組だったんですが、それだけだと堅苦しくなるので、キャットファイトなども紹介したりしていた。その中で出てきたのが、名古屋の春日井にある「LIVE HOUSE GSP STUDIO」です。 もともとロックをやるライブハウスで、お世辞にも都会とは言えない場所にあったんですが、店長の高橋さんという方が2006年ごろからアイドルもとりあげていて、そこに客も少しずつ付いてきていました。

名古屋という土地は、実は、アイドルとメイド喫茶に関しては先駆をなしているところがあるんですね。大須にあるメイド喫茶「M’s Melody」も秋葉原のメイド喫茶とほぼ同時期(2002年9月13日開店。一番目は「Cure Maid Café」が2001年3月、二番目は「Mai:lish」が2002年7月開店。共に秋葉原)でしたが、オリジナリティという点では群を抜いていた。名古屋はオタクカルチャーにおいてはポイントとなる場所であり、大阪の日本橋よりも勢いがあったということでしょう。

もう1つの流れである「歩行者天国アイドル」は、2000年代前半からはじまり、本格的に音源が流通するのは2000年代後半です。例えば、ここで活躍するのが90年代から路上アイドルをしていたという桃井はるこ。歩行者天国になっている秋葉原の中央通りでパフォーマンスをするアイドルたちが増え、シーンが盛り上がり、かつて存在した石丸電気のライブ会場がアイドルで占められるようになってきた。

そして、先ほども言ったように、この2つの流れが合流していく2008年6月8日(日曜日)に、僕は「でんぱ組.inc」などが生まれることになるライブハウス&カフェバーの「秋葉原ディアステージ」に訪れたのです。もふくちゃん(福嶋麻衣子)や、うさぎの波平(三上ナミ)などとその日に会いました。そこで初めてヲタ芸を見て、すごく面白いなと。秋葉原ディアステージという“新しいサブカルチャー”を体現しうる組織が登場したんで、リンクしたいなと思った。そこから自分のオーガナイズするアイドルイベント「TOgether」がはじまり、その1つの成果がCD『Together Songs』に結集されていったんです。

やりたいことを実現するために周りを巻き込む

「TOgether」は、現在休止しています。理由は、本物の地下アイドルシーンが低迷したから。地下アイドル界隈が一番良かったのは、2008年から2011年にかけてですね。

僕がなぜ「TOgether」をやっていたかというと、ロックと同じく「手作り」だからだったんですね。出ている人たちもファンもお互いに作り上げられる状態だった。でも、今はアイドルのプロデュースは「事業」になっている面がある。たしかに、ちゃんとやるなら事務所とマネージャーはいた方がいい。楽曲に手がかかっている「東京女子流」みたいなものをインディーズでできるとは思いませんしね。そう考えると、マネージャーがいてもプロデューサーがいても、その場合は1つのアイドルをつくる「組織としての意志」で動かざるを得ないんですよ。

日本で今プロデュースというと、そういう「会社や組織の匂い」が出てきてしまうんですけれども、アメリカだとメジャーなスターでも「手作り」の匂いが残っていますね。アヴリル・ラヴィーンはいい例じゃないかと思う。初めて見たMVは、宣伝をする店先のサンタに足を引っ掛けて倒すなんていう極悪な作品でしたが、「これは絶対売れるな」と思ったんです。アメリカのプロデュースってすごく戦略的で、彼女たちのように「悪のイメージ」を人工的に創りだすというのがある。あとから聞いたら、アヴリル・ラヴィーンなんてすごく真面目で、酒もタバコもやらない、とにかく真面目すぎてお話にならなかったんですが、言われたとおりに「悪のイメージ」を演じきって売れた。それを見たときに、そうか、本場のアイドル・プロデュースはドスと小回りが利いているな、と。

まぁ、日本でも似たようなことはあるんですよ。平山三紀夏木マリといった、いわゆる「悪い女系」のイメージの…大人のアイドルですけどね、本人はたいてい品がいいんです。戦略的にレコード会社が「ヒール」のイメージを演じさせていた。でも、アヴリル・ラヴィーンはただ演じるんじゃなくて「ロックを体現している」という雰囲気がするから驚いてしまうんです。きっと契約書にもたくさん項目があって、細かいことを演じているんじゃないかと。

一方で、そういった「組織としての意志」「会社や組織の匂い」がしないようなやり方として、宍戸留美がはじめたようなセルフマネージメントの道もあります。大変ではありますが、女子としては重要な一歩でしたね。地下アイドルへの道でした。セルフでやるほうがえらいし、かっこいいし、ありがたい…なんて僕は思っていませんが、それでなければできない面白さがある。だから僕が関わって行こうとしたのは、組織の中にあってもいいのですが、インディペンデントな要素があるものだったということですね。

僕はデビュー当時から、オーガナイザーで、イベントプロデューサーだったのかもしれませんね。重要なライブについては手打ちが多かった。例えば、野宮真貴が在籍した「ピチカート・ファイヴ」の前身である「ポータブル・ロック」というバンドがあり、それのプロモーションを買って出て、その流れでレコード会社が決まるということもあった。ポータブル・ロックの最後の大がかりなライブ(1989年クラブクアトロ)も主宰できた。それは名誉なことでしたね。アーティストを応援する形によってコラボレートできたわけです。

もっとも、僕自身はバンドをやって作詞していたいんですけど、物事はそれだけでは動かないわけですね。自分を含めて周りが動いていかないと話が進まないんです。手をこまねいていても、何も起こらない。

売れないが「クオリティを高める」には良い時代

昔は、レコード会社に依頼される形で動くプロデューサーが多くいましたし、そこで新人として発掘される人もまた多くいましたよね。そのことで、デビューが確約されていた幸福な時代でした。

それらはすべて「音楽をつくるのが専門職だった」ということに尽きます。ものすごく金銭のかかる専門職で、素人では手も足も出ないものだった。しかも、レコードだって家が立つようなお金をかけての“出たとこ勝負”で、危なげなアルバム制作がよくできていたなと思いますね…。

それが今では、借りた機材ですべてまかなえてしまうようなところもあり、楽器もギターだけでなく、マルチプレイヤーになりつつありますよね。加えて、お金をかけないでプレスなり、YouTubeで配信もできるようになった。かといって儲からなくていいわけではないですし、制作費が少ないのがちょっと難ですが、成功報酬ですごく売れればお金も入ってくる。その点、博打みたいな過去の状況よりは、やり直しがきく制作ができるのだから、「クオリティを高める」という点に関しては良い時代にはなってきていると思いますね。商売そのものが少なくなっているのは破滅的ですけど。

僕自身でも、昔は当たり外れが大きくて、「やる!」と意気込んだものがイマイチということがあったけれど、デスクトップでいろいろできるようになってきたせいか、最近の方が、作品は良いような気がしますね。あとは、お仕事があるといいんですけど(笑)。

現在、CDは普通にやっても売れないです。配信でもいいんですが、音楽業界の中では結局売り上げが小さい。収益がなければ、やれることも限られてしまいますし…。ライブについては、JASRACの決算報告を見ると、演奏会やコンサートからの収益は前年比106.5%と無視できないパーセントにはなっているので、今後も重要なのかなとは思いますが、それで稼げるバンドばかりでもないですから。

フランスで感じた、成功するジャパンカルチャーの2つの要素

とはいえ、日本はもとより、海外は音楽ビジネスそのものがもうだめですからね。音楽が商売になっている国は世界にもう8カ国だけらしい、という話もあります(笑)。日本、アメリカ、フランス、イギリス、ドイツ…ロシアや中国、韓国がそれに入ればいいんですが、著作権の概念が弱いので望めないでしょうね。

その流れからいうと、僕がフランスでライブをやって、日本発で受けるものは2つあると感じました。1つは正面切ったアイドル。実際、ワン・ダイレクションが出てきているように、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツを問わず、正統派のアイドルや「アイドル産業」っていうのはどの国にもあって、好きな人も多いんですね。だから、フランスを例にとってみても、AKB48でもいいんですが、奇をてらわない存在としての方向性はある。

もう1つは「サブカルチャー」的な個性のあるものです。アウトサイダーの香りがする、アナーキーな、クールジャパン・カルチャーが受けていると。ヴィジュアル系がそうで、例えば、もともとゴシック系で売っているオーラルヴァンパイアっていうバンドは、フランスで非常に受けていると。曲をよく聞くと、ボーカルがフランス人が好みそうな退廃的な雰囲気を持っていることが大きいとは思うんですが、日本ではそこまでの人気がないですから、「どこが受けているか」は興味深いですよ。

僕がやっているのはフレンチカバーですが、コンセプトをなんらかで表現しようとしているのだ、という「気配」をフランスの人たちは好みますね。「面白いコトをやろうとしている」「一生懸命オリジナリティを出そうとしている」ことで、あくまでフランスの人たちが理解できるものが条件ですが、日本よりもその点を評価してくれる場合がある。そのポイントは諦めちゃいけないですね。

本当に「自己プロデュースができる人」

「作詞家の仕事」は、「プロデュース」に抵触する部分があります。コンセプトみたいなものを、その子が唄ってくれちゃうわけですから。僕の仕事は伊藤つかさからはじまって、小泉今日子西村知美とつながっていきますが、アイドルとの関わりであっても、やっぱり今までにやったことがないものをやりたいと、つい思ってしまう。たとえ「言葉」ひとつであってもね。

ところが、既知感があるものの方が、よく売れたりするわけです。安心を見い出すからでしょう。だからそこに、「私」と「世間」との小競り合いがもうはじまってしまっているんですね(笑)。ましてや、プロデュースともなると、よりエッジの立ったものが好きになってしまう。僕はどうしても、今までにない、面白いものをつくろうとしてしまうんですよね。どんな人でも面白いところがあるのでちゃんと見つかるんですけど、大事なのは僕が関わることによって、それが実現するかどうか。

今、作詞…というか、プロデュースに裏から関わる形でやっているのが、声優の上坂すみれです。最新シングル『来たれ!暁の同志』の2曲目として、パール兄弟の窪田くんと組んで『TRAUMAよ未来を開け!!』をやれた。彼女はもともと。ゴスロリやロシア社会主義のカルチャーが好きという濃いキャラクターの持ち主。それとプロデュースで向き合うことができたし、楽曲の出来もなかなかいいんですよ。

上坂すみれは、結構興味深い存在ですよ。彼女みたいに個性と自我があれだけ強ければ、全部自分でやりたくなってきて、それこそ椎名林檎みたいになるのが夢だというのが、普通なんじゃないかな。でも、彼女はちがう。何を唄ってもちゃんと“上坂すみれ”になるし、ものすごい強い個性が出てきたなと思いますね。これからは彼女みたいに、組織の中でもできるし、人のプロデュースも受け入れられる人が、本当に「自己プロデュースができる人」みたいになってきますよね。人とうまく組める、そしてすべてを飲み込んで自分の個性を伸ばしていける人です。

それから、上坂すみれで言えば、僕がデビューしたハルメンズから派生した「ゲルニカ」という戸川純のグループをすごく好きで、パール兄弟も好きでいてくれている。そういう僕のやってきた「流れ」というものが、作品として「今、これからの世界」に生かせるかが大事なポイントになっているだけでなく、僕自身もその流れを汲むことに、昔より前向きになってきた感じがあるのかなと。

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プロデュースや作詞家としての活動は言わずもがな、配信サイト「OTOTOY」と組み、自身のライブ音源を「CDを超える高音質」として注目を集めるハイレゾ音質で録音・配信(フレンチ・ユニット、サエキけんぞう&Club Je t’aime『Je t’aime! Hi-Reso LIVE』)をするなど、新しい技術の採用にも積極的な姿勢を見せるサエキさん。インタビュー中も「キャバクラ嬢は初音ミクが好きらしいんだけど、どうしてだと思う?」と私たちが逆に取材を受けるシーンも飛び出しました(今回では書ききれない/書けない話まで!)。

サエキさんの「今、これからの世界」に寄せる関心の高さ、そして音楽ファンと現状を分析する鋭い視線は、きっと私たちが出会ったことのない楽しさや驚きを、これからも生み出し続けてくれることでしょう。

この記事をかいた人: 長谷川賢人

編集者、ライター。中学生でネットラジオを配信、高校生は放送部に所属、大学生でピュアオーディオに足を踏み入れ、社会人になって声優に熱を上げるなど、「音」まわりはずっと好きなこと。現在、ウェブメディアで働く傍ら、個人ブログ「wlifer」も運営中。